日本社会はロボットを受け入れるだろうか

この前のブログで、積極的にロボットに置換てしまうほうが、日本のためには良いのではないかと思うと伝えた。そのわけを、少し考えてみます。アメリカのように移民を積極的にこの社会は、受け入れそうもないので、3K労働も日本人の誰かがやらないといけないのでしょう。

2010年生産年齢人口8100万が、2050年には6000万を割るという。では、それを補うロボット2000万台が日本社会に導入されたらどうだろうか。

毎回同じような動きを求められる作業は退屈である。受付応対のために、若い女性を配置する企業は多いが、定型な事務員の仕事から、置きかえられたら、どうだろう。ソフトバンクショップや、蔦屋家電では、ペッパーが商品の説明をおこなっている。もちろん、完全には置き換わることは難しいにしても、質問を理解して、それにこたえるくらいなら、すでにできている。担当者に連絡をとって、会議部屋まで誘導するようなルーティン業務であれば、環境が固定されていれば、すんなりと行きそうな感じがする。そして、つぎには店舗での販売員が置き換わるかもしれない。店内で一番販売するのが上手な人?は、ペッパーだったりでもよいのではないか。

受付からお部屋の誘導まで人を介することなく、ロボットがすべて行うという『変なホテル』ができた。まさにサービス産業の行く先を、示している感じがする。世界各国のホテル関係者、メディアから来訪が絶えないと聞いた。もちろん、人をロボットでもてなすなんてという反発もおおきかろうが、それも最初だけかもしれない。人手がない、なりてが不足する業界への導入は意外と早いかもしれない。

http://www.h-n-h.jp/

へんなホテル

近い将来、自動運転車の導入が進むと云われている。あと10年もすると、タクシードライバーの職種はなくなるのかもしれない。おそらく、少しずつ、そうなっていくのだろう。10年前にスマホがここまで発展するとは予想もしていなかったように。

ロボットとは少し違うが、法人融資を自動化する動きもでてきている。貸借対照表(BS/PL)、事業計画表を指定フォーマットで登録をしておけば、ネットバンクから瞬時に融資金が振り込まれるようになる。同様に、個人においても、求められる与信情報があがってさえいれば、口座に振り込まれるようになりそうだ。すでにvisa,masterのカードでは、使える枠が決まっているが、各種の資産情報とも連携がとることで、融資までの時間も短くなりそうである。

様々な方面でデータとデータが直結されて、機械的な判断が行われるようになり、ロボットや自動サービスが、社会に浸透していく。

そのときに、今現在2000万人の労働と生産額を、わずか400万台程度のロボット自動処理サービスで実現できるとしたら、人口が減る社会で、生産性を上げるに答えがだせるだろうか。仮に、5人の作業をロボット1台が置き換わるとしてみたい。

2000万人の生産額ー維持額(生活費含)<400万台の生産額ー維持額(製作・保守費)

という算式が成立するならば、今後の人口減少がおきたとしても、社会の生産性はあがるはずだ。もちろん簡単なことではないと思うし、最初の反発は大きいと思うのだが、人口が減少し、シュリンクする社会に対する1つの答えとして、ルーティン業務から置き換えていくというアプローチがあってもいいのではないか。

一方、これを書いていて、違和感も感じる。他案はないのだろうか。女性の社会進出をもっと強力に推し進め、それでも足りないならば、移民を大量に受け入れるというアプローチもありえるだろう。どちらせによ、どのように進めるかは、私たち自身が時間とともに、決めていくことなのだろう。

 


ロボットで労働生産人口の減少を補おう

鉄腕アトムに代表されるヒト型ロボットを、日本人は大好きだ。2足歩行のアシモ、コミュニケーションが得意なペッパー。我が母校の早稲田理工学部行くと、いまも展示されている楽器演奏ロボットがある。早稲田大学ロボット記事

今年に入ってAIの進歩が仕事をうばうと騒ぎ出す人が現れた。以前ブログでも書いたが、機械学習とロボット技術の進歩によって、今後10-20年以内に日本における現在の仕事の約半分が自動可能になるという。

日本は超少子かつ高齢化が進む社会になった。生まれる子供が少ないなか、生産年齢人口も縮小するなかで、高齢者を支えなければならない社会になってしまった。

生産年齢人口推移

生産年齢人口推移

欧米の社会では、ロボットは敵対視される割合が、日本よりはるかに高いらしい。日本人は、ロボットは敵対されるものではなくて、わたしたち日本人を助けてくれるパートナーと思っている節がある。

であるならば、ロボットが社会に入ってくることに抵抗がない日本社会の特性を最大に使ってみてはいかがと思う。作業が繰り返される分野、作業が固定化されて、現場の判断だけで事業が進む領域には、ロボット(形状はどうであれ)が入っていくことで、さらに生産性を伸長させることができるのではないだろうか。

労働力不足を補うために、1億総活躍社会と女性雇用を推し進める政府の戦略もある。これはこれでその通りだとは思う。わたしはロボットが社会進出させることで、無理無駄なく人に置き換えていければ、人が作業を行うよりも、効率良く対応できると思っている。

少し乱暴な議論かもしれないが、おつたえしたい。

2010年生産年齢人口8100万が、2050年には6000万を割るという。では、それを補うロボット2000万台が日本社会に導入されたらどうだろうか。これまで、少子高齢化の結果、どうしようの議論が先行してきたと思うが、そろそろ次の日本社会の在り方について議論を進めてみてはどうだろうか。

機械が職を奪うみたいな話で恐怖をあおるのではなくて、人がもっとロボットを活用していくというスタンスに切り替えたい。ロボットが人を支える社会を積極的に発信をして、代価される職を失うという話から、ロボットを使って、日本社会を復活再生させるという話にできないかと思う。今年あたりから、そろそろそういった議論にシフトしていきたい。

なにしろ、日本人は、鉄腕アトムが大好きなのだから・・・・・


いっそのこと家政婦ロボットをオールジャパンで作ったら??

2足歩行する人型ロボットから、身体機能の拡張を目指すロボットの開発が進められている。ソフトバンクのpepperは、感情認識するロボットらしい。身体機能の拡張には興味がないのか、足は車輪型であった。

感情認識するとは、どういうことなのだろう。相手の云うことを捉えて、何かを返すのだろう。テレビでみた印象では、つたないやりとりのようにしか見えなかった。現実の生活で、Pepperに癒やされたり、寂しさを紛らわしてもらったり、人間の多様な感情にきちんと沿えるものだろうか、疑問に思っている。

繰り返されるワンパターンな応答ではないことを期待するが、人以上の対応力をロボットが実現したとするならば、とても素晴らしいことだとは思う。

これまでの掃除機ロボットやペットロボット、荷物を運ぶ4足ロボットのように使える場面を想定した機能拡張型のロボットから、 ひととのやりとり・応答を行うロボットの新たな道がひらけつつあるのかもしれない。

日本人のロボット好きもあいまって、新ロボットと取り上げられるが、一般にはいまだ普及する兆しすらない。

そこで、提案なのですが、日本の国家プロジェクトとして、家政婦ロボットを実現するという内容はいかがでしょうか。掃除・洗濯にはじまる家事労働をロボットがこなしてくれれば、主婦の労働をさらに解放すると思いませんか。アポロ計画ではないですが、日本人によって、何か大きなくくりを打ち出してみてはいかがでしょうね。

日本政府が、今後50年で、家政婦ロボットを日本全戸に導入するという方針を立てて、そのための要素技術開発や、総合的な試験を行ってはどうかと思う。1社だけでは到底成し得ないはずの目標だから、オールジャパン連合で、家政婦ロボット推進連合協議会をお作りになって、取り組んでみたら、意外にも導入が進むかもしれない。皿洗い・物干し、取り込み選手権などは想定内です。

その結果、自由を得た女性は、社会に復帰する方もいらっしゃるだろう。長い目でみたら、さらに、日本の生産性の向上に大きく役に立つのではないだろうかと思う。

ただ、ベビーシッターロボットに育てられる赤ん坊のことを考えると、恐ろしい。介護だって、安易に労働を置き換わるようにしないほうがいい。ロボットが扱える領域はモノやコトであって、へんに人を置き換わらせないほうがいいのではないか、最後まで、人はひとによって、手厚く扱いたいと思います。

 


Google がロボット会社(ボストンダイナミクス)を買収

すでに多くのメディアに取り上げられているので、ご存知の方も多いであろう。

ボストンダイナミクス社である。

http://www.bostondynamics.com/

闘牛のような形状をした4足ロボットや人型ロボットが戦闘シーンで活躍することを期待されているのか、瓦礫の中でもどんどん前に突き進んでいく映像がYOUTUBEには流されている。

ホンダのASIMOの前、2足歩行ロボット研究は、歩行すらままならない困難な時代が続いた。それまでは、計算モデルに歩行を当てはめようと、肝心の計算をしている途中で倒れてしまっていたり、長らくうまく歩かせるという人間が自然に行っている動作すらできなかった。そこで、ホンダのASIMOチームは、少しくらいバランスを崩したっていいじゃないんじゃないという、良き意味でのいい加減さによって、動的歩行は達成された。

ながらくロボット研究は続けられているが、生産現場でのロボット装置以外で、ロボットが活躍する場所はなかった。ロボットの動作環境をしっかりと定義できれば、人と共存するロボットも達成可能なのかもしれない。街中いたるところで、立ち往生するロボットがあってはならない。知識処理の分野の、フレーム問題はまだ解決できてないので、どこでも使えるというわけにはいかないだろうが、いかにそのロボットの能力に見合った環境で動作させられるのかによると思われる。

google 社は潤沢な資金を使って、新しい会社をどんどん買収して、次の成長ダイナミクスにつなげる。こうしたビジネスのダイナミクスを学習して、成長につなげていくことができる日は、この日本で、やってくるものだろうか。

現場では、いまだ、前例主義というか、それを前にやった事例を持ってきて紹介してくださいという話を良く言われることも多く、素晴らしいことへのスタンディングオベーションで迎える米国と、そんな新しいことをやってという白けた目線で見る日本の精神性の違いはいかんともしがたい。

挑戦している人の足を引っ張るのではなくて、関係者たちが、どうしたら上手くいけるのかという話を、日本人はもっとすべきではないか。アベノミクスの第3の矢は、成長戦略を支援するといわれている。閉塞した24年を脱するには、はみ出した人を、どんどんやらせてみる支援体制がいま必要なのだと思う。新しい産業を作り出すには、たくさんの失敗を経験するよりないのではないだろう。そうしたなかから、次世代の産業が育っていき、子・孫たちの世代に、そうした産業が花開けば良いはずである。

どんどんお金を付けて、どしどしやってもらうことしかない。大失敗の経験を積み上げて、それすら学問にすれば良いと思う。1度や2度失敗を許せる社会にして、やらないよりも、やったこと、仮に失敗をしたとしても、それを褒め称えられる社会に変えるしかないと思うのは、言い過ぎだろうか。