富山県利賀村で鈴木忠志さんの「世界の果てからこんにちは」観劇

2017年、今年の夏もそろそろ終わりでしょうか。今週末、少々涼しい場所を訪問したのでその報告です。

毎年開催してきた世界演劇祭利賀フェスティバル(SCOTサマー・シーズン2017)に参加した。なぜ、わざわざ富山県の山奥まで、観劇に出向いたかというと、前のブログで紹介をさせてもらった水野和夫さんの著書で紹介(P.254頁あたり)があったからです。「日本がお亡くなりになった」というシーンみたさと、これからは日本がとうの昔に亡くしてしまった「愛・美・真」の3つが、鈴木演劇のあるということを、確認したかった。

観劇場前、日本家屋の感じ

 

利賀村は、富山駅から車で2時間、人口400名もいない中山間地。鈴木忠志さんは現77歳、この地に41歳で移り住んで、現在まで世界に向けた演劇をこの利賀村から発信し続けてきた。観劇の前に、鈴木さんからなぜこの演劇を作ったかの説明があり、軽妙、ユーモアの交じった語り口のなかに、日本が失ってしまったものがあり、今一度それを各自の頭で考えてみてくださいという言葉が響いた。

野外劇場、公演前

いざはじまると1時間程度の舞台ではあるものの、シーンが非連続に現れては消える。日本人が失ってしまったもの、過去に置き忘れてきたものが、本当にそれでいいのかと問いかけてくる感じがする。そもそも日本の心象とはと語りかけたとしても、それは時代とともに変化するものであり、政治、経済、文化、さらにグローバル化した現在が、昔と違うのは必然である。

花火が演出を盛り上げる、幻想的、優美な感じ

ここにも説明があるように、日本人共有のアイデンティティなどそもそもなかったわけである。戦争の前後に大きな分断があり、何が継続すべきかの議論がないまま、今日、その場限りの不安点な心情を、日本人が持ってしまっているとすると、それも日本の今を覆う空気感なのだとも思う。

祭りあとの灯り

高校の頃から、私も観劇は好きで、さまざまな劇を観てきたものです。会場には、若い方から年配の方まで、幅広い年代の方に愛されているようでした。若い方たちを考慮されてか、鈴木演劇は、対価を求めないそうです、ただ、志を投函する箱はあります。これも、チャレンジですね。商業性になびかず、自分のやりたいことを、やりたいように行ってこられた鈴木さんのパワーなのだと思いました。現在では、富山県や文化庁の後援を受けているようで、今回も世界各国からのテレビ取材もあり、外国の方も多かったです。再来年(2019夏)が、何かのタイミングで一段と盛り上がるようにしたいと仰っていました。また機会をみて参加します。

利賀村から夕陽


『成長戦略Society 5.0』が発表された

一人あたりのGDPは年々下がっている(世界27位)。少子高齢化であってもGDPを上昇させるのは、生産性を高めるしかない。日本GDPは、2次産業2割、3次産業が6割であり、3次産業側に、さらにシフト中である。3次産業をサービス産業とみなすと、マンパワーに依存する、現状、生産性向上を望めない。ここで、サービス産業の機械化を押し進めると、(たぶん)人の仕事はなくなる。

1900年初頭、人類は移動力を大幅に向上させた。蒸気機関による力、馬による耕しもトラクターに代わり、船から飛行機に変わった。2029年に計算機は一人の脳の計算パワーを抜き、2045年には全人類の10億倍の計算資源に達する。人間が行っている単純な作業の大部分は、ことごとく計算機で置き換わると予想できる。たったの20年の間に、劇的な変化がおきる。過去にエネルギー政策で人の力を大きく伸長させたが、今回は、人の知性を大きく置き換える可能性が高い。

サービス産業の機械化が進むと、人の作業を奪う。人で行う費用より、装置の製造・保守費が、はるかに小さくなるからだ。人は仕事場に不要となるので、一人あたりの所得も下がると予想する。歴史を振り返ると、外国の安い労働賃金を狙い、外へと向かっていたが(帝国主義・植民地化)、いずれ外国の賃金も上昇し、均衡し立ち行かなくなる(地球は有限)。外に向かう意味が見いだせなくなるので、たぶん国内のさらなる機械化に拍車がかかる(機械を奴隷をみなすか)。おそらく、今後、機械化による供給力は、需要力をいとも簡単に賄ってしまう可能性をもつ。そうなれば、さまざまなサービス単価は下がり、価格0に向かう、フリー世界となる。

そう思うと、機械化が進んでも、供給力を急激に上げないか、価格を急激に下げさせない工夫が必要と思う。先進国が一斉にこの機械化の供給力向上目指すと、余剰したサービスは世界にあふれかえる。機械の労働に税?をかけて、国が吸い上げることが求められるだろう(世界同時進行なので国レベルで解決できないとも思う)。そこで産まれた富を、国内の人に還元できるだろうか。そうなると、いよいよベーシックインカム、広い薄い保障制度の登場となる。毎月どの位あると最低生きていけるか、仮に月10万円とすると、1.2億人*10万円*12か月なら144兆円。対象を生産労働人口7700万人に限ると、92.4兆円。完全失業者数(2.8%)200万人に限れば、2.4兆円である。この機械化による産業が、144兆円の法人税を得るには、経常利益360兆円を産むことになる、営業利益20%なら新産業の売上は1800兆円が必要となり、全くもって現実的でない。単なる数字遊び、机上の空論と叱られそうだ。全部は無理としてもこの1/10規模ならどうだろうか。180兆円の新産業を作りだせると、国民の1/10にBIを提供できる。

今後数十年で、サービス労働の機械化が進み、人の労働が総じて小さくなりだす前に、色々なサービスが、フリーに向かうとすると、その財政を支えるのは誰?となるはずで、プロセスのなかで新たな仕組み(税?・法律?)の議論が必要だ。先進国では競争が起こり、一斉一様に機械化(AI)が進み始めるので、どこかが独り勝ちにもいかないだろう。その一方、既に気づいているgoogle,FB,amazon などのAIへの投下資金を思うと、彼らの会社自体が、国家を越えてしまう。(ネット広告は既にgoogle社の売上となっているので、日本財は既に米国に流れている)

このままでは、日本企業は、これらの先端技術系の企業群の下請けになってしまう。もっというと、下請けにもなれないで、日本財がこうした企業に、吸い取られてしまう可能性があるのではないか。本来、日本は、新しい仕組・プラットフォームを提供するサービス会社を、グローバルに成長させて、国外からお金を吸い上げる仕掛けが必要である。

5月30日に発表されました、 日本経済再生本部 、未来投資会議(第9回)配布資料が、こちらにあります⇒資料

 


リアルな世界が復権する予感

windows95が発売されてから約20数年が経過した。その間、技術的にどう進んできたかを振り返ると、大きな進歩があったように感じないのはなぜだろう。下層の安定したプラットフォームの上に、ここ10年ほど、様々なSNSが生まれては消えを繰り返した。

水平分業化し、コンポーネントで自動組み立てがなされるこの業界において、ネットワーク・ソフト層より下の層では大きなブレイクは起きるだろうか。インターネット上では様々な取り組みがしつくされた感があり、日本でのSNSもゲームも限界を迎えてきているのではないか。ここに事業ドメインがある会社は、注意をしたほうがよいと思う。コンピュータとネットワークの進化により、破壊されたのは、コンピュータ産業・AV産業ではなかったか。

別の事業ドメインで、大きな変化が産まれようとしていると思える。ネットワークとコンピュータが事務所に入って効率化、様々なソフトパッケージや、業務アプリがせいぜい事務所レベルに導入されて生産性をあげてきた以上の破壊的なイノベーションが起きる余地は、これらの業界の<<外>>でこれから起こるはずだ。

<<リアル・フィジカルな世界>>で事業を進めてきた企業への大きな影響が起きる。

機械のシェアリングサービスという視点はどうか。工作機械が、シェアリングされる事業ドメインが生まれたらどうなるか、設備産業への影響は大きい。自動車は買って乗るものという考えを捨て去り、自動車はシェアするものと意識されはじめたらどうなるか。生産設備、建設器具、農耕機械、医療装置、ありとあらゆるものがシェアリングされることを前提に社会が動いていくとしたら、そもそも設備を買うだろうか。

遊休している設備をいち早く見つけて、その設備を誰かに貸し出す動きを取るのではないか。事業の目的を達成するために、一時的に借りてくればよいだけのことだ。こう考えると、既存プレイヤーにとっては大変な時代になってしまったということであり、生存競争をかけた大規模な争奪戦がはじまりそうに思える。

デジタル革命は、AR/VRのように進む領域もあるだろうが、この30年でほぼやりつくしたとみてよいのではないか。これからは、人口が減少する日本社会において、労働集約産業の置き換え、共有化がはかられる。この大きな波に対処するには、大企業が有するアセットを用いて異業種との連携がキーではないだろうか。そのアプローチを行うことで、飛躍的に生産性の高い産業を創り出せるはずである。

自分らのアセットをしっかり把握し、事業の連携が取れるように、動き出すことが大事。成功事例があったら教えてくださいとか言っている場合ではない。小さくてもいいからはじめて、経験値をつみあげていくことが、いまこそ、とても大事だと思う。その知恵を社会的に蓄えて、共有することだと思う。IoT時代は社会実装が必須なので、トライ&エラーが必要だ。規制が邪魔をしては遅れを取る。分析ばかりをしていては前に進まない、一歩踏み出していかなければ、世界の誰かがはじめてしまうだろう。

 

 


新年おめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

2017年になりました。年々、時間の流れが速くなる気がします。体内時計のクロックが少しずつ上がっているのでしょうか?

ここブログは、いろいろなことを考えるきっかけを与えてくれる場です。

昨年1年間で毎月2回くらい、毎回、自分の気持ちを吐露する場として利用しています。

書きすぎも良くないし、滞りすぎないようにも、注意をしています。ブログを表わす人には、それぞれの自分としてのペースがあるのだと思います。発想がないときに書こうとしても、うまく書き表せないし、もやもやとした気持ちがあっても、すぐにきちんとした文章にもならないとも思います。

ただ、少しでも何かお役に立つような情報を1つでも提供できると良いとは思っています。

年末は、仕事の重圧から、気持ちが解かれたのか、風邪でダウンをしてしまいました。風邪(インフルではない)なんて、ここしばらく引いたこともなかったので、心と体のバランスを崩してしまったのかもしれません。

昨年は、それまでのさまざまなシステム開発(わたしはほぼプロマネ)は続けながら、大手企業へののコンサルティングを行わせていただき、大手企業の新事業の立ち上げ支援を行ってきました。皆様とお話をさせていただくなか、少しでもそのプロジェクトが前に進めていただけるよう、これはそのプロジェクトにあったほうがいいはずだと思える内容をお伝えし、お仲間の輪を拡げることに務めました。大企業で働かれる皆さんは能力が高いので、それ内容に見合ったサービス内容にするために、私も気を抜くわけにはいかないというところです、わたしも情報をかき集める能力を落とすわけにはいきません。

ドラッガーの書籍(1966年経営者の条件)にもありますように、なすべきことをなすという意味において、とくに組織の中で成果をあげるために、内部と外部が影響しあうことで、新しい成果が生み出されるという文章に従って、自らを律して行動を行うことだと思っております。知識サービス産業における情報は、別の誰かに生かされてこそ、真の意味を持つということ、つまりある専門家の有用な情報は、その出力を、別の専門家の入力にならなければ意味をなさないのです。出力するほうは、別の違った分野の専門家の入力とするために、違う分野の専門用語に置き換える能力が必要とあります。

30数年、IT分野にどっぷりとつかってきましたが、30代半ばより、IT×別領域というこの”別領域”という分野を広く役立たせるために活動領域を広げてきました。ITそれ単体では目的ではないと考えられるようになり、それは道具・ツールであって、それだけでことをなすものでもないと思っています。それだけITが社会に与える影響が大きすぎるくらいに大きいということなのだとおもいます。だから、社会にどうITを活かすかのセンスが必要となります。環境領域をどこまで広げられるのか、その範囲をできる限り大きくとらえることができるか、リフレーミングの連続であると思います。

リフレーミング、好きな言葉の1つ。私の、そしてあなたのフレーミングの世界は、ある条件になると、突然崩壊する。わたしはそんな条件なんてくるはずもないと思っているし、そもそも気が付いていない。崩壊しないように、そうならないように大切に保護する。まさに、痛みを感じたくないから。しかし、現実は、無残です。わたしの、あなたの感情なんて、誰も気にも留めないかのように、目の前で打ちのめされます、まさに、経営そのものです。

昨年のブログを読み返して思うこととして、”変化のスピードがあがっている”という点は、気がかりです。変化の加速は、人が想う以上にあがっているのではないかと思うのです。ひとの脳や身体は、急激に変化することはなく、普通に暮らしていると、気が付かないと思います。機械学習(AI)などの分野における成果、ある事象が突然現れたかのようにさらに増えだしました。計算機は、学習が進むほど、人がなす行動スピードよりも、はるかに上手に、確実にはやく実行できるようになります。電話で話をしていたお相手は、人でなく計算機である時代はもう来ています。計算機に騙される時代になってきているということです。

昨年は、新事業への種まき準備が機会を与えられました。べスポ(ベストショットポスト)の略です。観光地に撮影ポストを置いて、遠くのカメラからベストショットを取ってもらえるサービスです。2014年夏にアイデアを発案いたしました。事業のポイントは、あなたの電子マネーで1回いくらで支払ったのち、撮影がはじまるところです。初期投資に対する費用回収モデルの説明が入っており、何年後には自治体の売り上げにもつながる可能性があるモデルとして提示できたことに意味があると思っています。2020年のオリンピック、インバウンド旅行者4000万人も、追い風となることでしょう。ちなにみ、私はこのべスポの商標、サービス技術の知財の権利を有しておりますので、その点、ご理解をお願いします。

さて、昨年も多くの皆様のお力添えがあり、たいへんよい経験をさせていただきました。

心より感謝申し上げます。

今年も、引き続き、皆様とこの時代をともに、お仕事をさせてもらえましたら幸いです。

最後に今年1年をとおして、みなさまのご健勝とご繁栄を心よりお祈りいたします。

本年も、どうぞ、よろしくお願いいたします。

水野裕識

2016年末の神田明神へのお礼参り

 


生産性の議論 その2

一人の生産性を上げることが、鍵であり、来年以降はこの生産性をいかに上げるかの議論が沸き起こるのだと思う。製造業のカイゼンは、世界に広く知られるが、ホワイトカラーにこの生産性をどのように理解し、良くしていけるのかはまだ分かっていないと思う。

昨日のNHKスペシャルでも働き方について多くの疑問が投げかけられていた。経営者の硬直した考え、とくに年配経営者の困惑がみられた。若い時分に猛烈を叩き込まれた世代に、時短というだけで早く帰すことが何がどうよくなるのかといったところだろう。俺たちのころは・・・話。

町工場の経営者は、タイトな納期を守らなければ、次の仕事がなくなるとも言っていた。その頑張りがあると、仕事がなくなったときに、仕事を融通してもらえると。リクルートワークス研究所の石原直子さんは、そもそも時短すらできない企業の生存価値にまで言及をしており、なかなか手厳しい。お客様は神様だと刷り込まれたものは、お客様の要望にできるだけそう動き方を訓練されている。だから、顧客の要望の達成には、何が何でもと思う日本人はまだ多いのだろう。誰かも意見をしていたが、顧客を選別することも必要なのだとも感じ取れた。

開発会社SCSKの人事部長が、生活の一部となっていた残業代を会社がボーナスに回す制度を行ない、早く帰宅した部署・人に大きく支給される制度を行った結果、平均の残業時間が大きく下回り、会社の営業利益も右肩あがりになったと伝えていた。開発の手戻りが、時間を奪うという、その結果、残業時間が予想以上に膨らんでしまうことを見つけ、この手戻りをいかに抑え込むかに取り組んでいる説明がなされた。経営層が考えて、行動に移している点が素晴らしい。中小企業がそのまま活用できるものだろうか。人事部長は、時間が有限であり、すべてに制限時間を設けるという新発想に立つことが大事と述べられた。

KDDIの国際部所属の女性の例では、海外とのやりとりで朝方まで働くことが求められているとのことだが、翌日の出社時刻までの時間を11時間と取ることで、心理的な負担が削減されたようだ。たしかに、夫婦そろって、7時ころに帰宅できるならば、次の子供を考える余裕が生まれることだろう。40~50代は、親の介護が必要なひとも増える。部署ごとに、会社ごとに、時間的な余裕を見出して、それを活かすことが求められている。

すべての職種に、時短法は使えないようにも思うが、世の中の動きとしては、確実に求められているようだ。売上を下げずに、上手に時短を行う方法について。時短の方法は、1つだけではないだろうし、みなで色々な工夫を行い、みなで社会的に情報を共有しながら、前に進むよりないのだろうと思う。働き方改革という名のもとで、今後いろいろと情報も出てくることだろう。あまり進まないようであれば、労働時間を法律で縛ることも起こるのかもしれないと思った。

これからの働き方について、いろいろなことを考える端緒についた感じがします。

参考:有給の消化率が極めて低い理由