矢野和男さんの『データの見えざる手』(第5章)

今日も、ただ、ひたすら暑い。体温より暑い外気温、どう理解したらいいのだろうか。
これは外に出るなということだろうか。

本日も、矢野和男さんの著書、データの見えざる手を読み進めております。

人間の活動に温度差があるとはいえ、一日でできる小さな活動から大きな活動まである範囲に収まるという発見は、
驚かされた。U統計、U分布に、人の活動は規定されているのだ。自分の分布を知り、それをよりよくすることは、
是非ともやってみたいことであろう。加速度センサーからの人の行動、組織内部の行動構造について説明がなされたが、
第5章では、『データから見える社会を科学する』という視点からのお話をご説明いただいている。

いきなり社会構造といっても分からなくなってしまうので、まずは一人ひとりの人間の周りにある「場」とその周辺にある
人との相互作用の結果が、行動として表れるとしている。環境とのやりとり、相互作用から、行動が生まれるのだから、
環境内部に、様々な確度からの測定することができるならば、社会のある構造について語れるはずであるというアプローチを
取っておられる。人を加速度センサーという視点で詳しく見てきた方なので、場と相互作用も何かしらの方法で見える化できれば
と考えるのは、得心いたします。

様々なセンサーを取り付けた店舗内情報と、人の活動情報を照らして、売り上げを最大にするための要因を明らかにした
説明がなされています。跳躍学習を取り入れたAIシステムソフトウエアの凄さを解説いただいている。
何がすごいかって、一言でいうと、仮説生成を自動で行えるシステムに仕上がっている点にある。

計算機システムは、だいたい、よくわかっている専門家が、その知識のうえに、システムをくみ上げる。
これが何がダメかといえば、その専門家の恣意が、知らず知らずに入ってしまう点にある。
問題をシンプルに置き換えて、簡単かしてしまうような発想では、社会構造のような複雑な事象を扱うことができない可能性が
あり(気づかないだけで、シンプルな構造表現できる場合もあるし、それを見つけることがこれまでの科学手法でもあった)、
複雑な事象とは、どの方向からどうやって分けるのかすら、分からないほど、複雑なので、であるならば、帰納的な部分については
複雑なまま計算機に扱わせてしまおうという立場で説明される、これなんぞは、目から鱗である。

矢野さんらのAIシステムが画期的であるのは、データから仮説を自動生成、その仮説数も数百万の仮説を作りだして、
ある特定のパフォーマンスを高める因子を見つけ出せるようである。モデルはこうだと思い込んで、プログラム開発をするのではなくて、
データからすると、どうもモデルはこうなっているようだと、モデルの逆生成を行っているという、なんともすごいことである。

システム屋からすると、いままでの反対の行動でどんどん進んでおられるので、たいへん興味がわく次第である。
これができるなら、これからの必要となるといわれるデータアナリストも、いらなくなるのではないか。
アナリストがデータ分析を繰り返して、1つの道筋を見つけている間に、跳躍学習Hは、膨大な仮説から、
非常に多くな有用なストーリを示して頂ける可能性がある。もちろん、業界の専門家ですら、気付けない点についても、
きっとHシステムから、ご提案をいただけるのであろう。ほんとに、カッコいい。

今後私たちがなすべきことが分かった気になった(気づかせて頂けたというべきか)。
前提として、何を目標・目的に据えるかである。この目標・目的は、人間でしかできないことであり、意思を表すということだ。
そしてのその目標・目的を表現するために、どういうミクロなデータを集めるかを決めなければならない。
いついかなる時も、均質なデータを延々と取り続けること。取ったり取れなかったりするデータでもなくて、
24時間365日のデータ(時間軸上はできる限り短い時間、データ量はその分増えるが)を手にすることである。
この膨大なデータ量を手にした後、そのデータから目的や目標に到達するストーリを、計算機に導かせる。
人が作りだす仮説なんてものは、個人の恣意が入り、仮説のうちに入らないという世界が、近づいてきているようにも思えた。

目標設定⇒均質なデータ取得⇒データから多くの仮説を作り、目標を達成するモデルを逆生成する。

将棋・囲碁、画像認識、自動運転、こうした考えがベースになって、それぞれのアプローチを進めているように思います。
わたしも、こうした動きに少しずつでも理解を深め、前に進めるアプローチできたらと思います。

矢野さん本、いよいよ残りは6章だけになりました。矢野さんの見ている世界観を少しでも近づくことができたらと思っています。
勉強になります。

矢野和男さんの『データの見えざる手』(第1章)

3連休の終わり、今日もとても暑かったですね。
朝ランをしたのですが、身体があまりに火照り、午後はプールで2km泳いできました。
水野裕識(みずのひろのり)です。

矢野さんの『データの見えざる手』を読み進めています。
この本は、じっくりと向き合うべきとわかり、1章ずつ繰り返し読んでいます。
1章のテーマは、”時間を自由に使えるか”について。

結論からいうと、時間は自由にならずのようである。個々人が使えるエネルギー量とその配分は、U統計に従うとのこと。
日立評論2013年6・7月合併号:ビッグデータの見えざる手
http://www.hitachihyoron.com/jp/pdf/2013/06_07/2013_06_07_03.pdf

速い動きを続けることや、遅い動きを続けることはないようで、それぞれの速さの動きを行える時間に制限があるらしい。
まったく違う仕事や立場の異なる人であっても、行動において共通な法則があるという事実を見出したことは、
たいへん興味深いことだと思う。

”U分布は一方向に右肩下がりなので、身体の動きが活発な行動を、静かな行動よりも長時間行うことは許されない。
U分布では、より素早い行動の時間は、より静かでゆったりとした行動よりも常に少ない時間しか許されない”

と説く。ゆっくりとした動き時間に制限があるのだから、1日ほ静かな作業(たとえばパソコンの前に座り、
開発を行う、文章を書く、ウェブを見る)の時間にも制約があるということになる。
U分布に従った行動を取るように、人は自らの行動を無意識のうちに配分しているようである。

ある帯域の活動を消費してしまうと、ひとはやるきがおきなくなったり、それ以上の同じ行動を続けることができなくなるようだ。それでも、社会的な制約(上司の命令、納期など)により、無理強いする場合も多々あろうが、その場合にはどうなるのか。ある状態行動を必要以上にし続けることを数か月あるいは半年1年と継続した場合に何が起きるだろうか。

人の行動は、普遍的なU分布に従うようなので、早い動作と遅い動作もU分布に沿うように、様々な速度の行動を上手にやりくりをして日々を過ごしているはずである。しかし、仕事という名の下、ある一定領域の動作を強いられ、似たような行動パターンが継続した場合にどうなるのだろうか。

週末くらいは休めということは、人が本来持つU分布の行動パターンに戻せることで、身体が本来の動きパターンに戻されるのではないか。自分の時間を自由に使える人ほど、長時間働いていても、ストレスを感じないという話がある。これは、長時間労働をしていても、その行動はU分布に従っているので、問題を生じさせないのではないかと思った。

一度、自分のU分布を見てみたいと思うとともに、今週の活動(例えばカレンダーとの連携)から、対応行動を提唱してくれたら、それに従ってしまうかもしれない。一人ひとりが無理のない範囲で、行動パターンの提案がなされるとしたら、それを利用してみたい気持ちになるのではないだろうか。

矢野さんの本、青本につづいて、ピンク本、どちらも奥が深くて、たいへん示唆に富むので、じっくりと読み進めてみたい。
まずは、第1章を読んだところまでの感想でした。

「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済」を読みました

こんにちは、毎日、暑い暑いと汗をふきながら、お客様先を廻り続ける水野裕識です。

水野和夫さんの最新著書、読みました。面白いです。勉強になります。水野さんは、これからの日本の方向性を提示してくださる論客ですね。今回は前回の著から、さらにパワーアップした印象をもちました。

ずばり、閉じた帝国の主張を述べられています。グローバリゼーションの終焉、有限な地球、1600年から外へ外へかき集める時代の終わりを、いろいろな角度から説明を行っています。

1970年までは国家が資本主義を抑え込むことができたが、それ以降は、資本主義が国家を凌駕し、資本をかき集める方向に向かいすぎてしまい、その先が見いだせなくなった。超低金利2%以下は、その1つの証左であると。

イノベーションを成長戦略の柱に据えても一向に成功しないのは、「技術」が政治によって「より遠く、より速く、より合理的に」貢献するよう求められいるからです。「貨幣さえ増やせばインフレ」教がそうであったように、イノベーションによって経済成長すればデフレや財政赤字が解決できると考えるのは、市場が無限に拡大する、すなわち「作れば売れる」という「セイの法則」の呪縛にとらわれているからです。(p64から抜き出し)

「より遠く、より速く、より合理的に」の考えがそもそも様々な条件において適合しなくなったという。その真逆の「より近く、よりゆっくり、より寛容に」の方向が正しいのではないかと仰っています。

超少子高齢化が急激に進む日本で、これまで通りの経済成長拡大路線、成長戦略を唱え続けることは、まさに反対車線を走らせているのではないという感じもしました。まずは、「定常状態」をいかに作り出すのか。そのためには経済圏を閉じて、その範囲内で安定した状態を作り出すことを目指すべきではないかという提言は、(まだ納得しえない部分は残るが)そうなのかもしれないと感じられました。日本・独は、過去の資本の蓄積が十分にあるようなので、その資本を使うことで、閉じた経済圏・閉じた帝国に緩やかにシフトするという方向を見いだせるものかどうか。

日銀の総裁任期は、2018年春であり、今後1年以内に今の政策が変わる可能性はありえます。発行する大量の国債をすべて日銀が買い取る財政ファイナンスが続けられるとも思えないので、方向性の見直し、場合によっては方向が大きく転換する可能性はあります。壮大な実験(2%成長まで国債発行・買取)の終了を告げるかどうか、次のステージをどこに見出して導こうとしているのか、一国民として注視していかなければならないと思いました。

とにかく、全部で270頁に及ぶ主張で、その内容も多岐にわたり、盛りだくさんです。何度も繰り返し読んでおきたい1冊であることは間違いなさそうです。これからの著書も、楽しみに待ちたいと思います。

人口が減るから、日本は衰退するはNOなんだそうです。

人口が減るから、日本は衰退するに、経済学の答えはNOなのだそうです。マクロ経済をご専門の吉川洋先生の「人口と日本経済(長寿、イノベーション、経済成長)」中公新書を読んだ感想を書いてみよう。

人口と日本経済

人口と日本経済

少子高齢化と経済成長の4ページ目の(a)の図にあるように、1950年を起点としたGDPの伸びに対して、人口の伸びは低く抑えらえている。

このことから、経済成長は、人口に比例するものではないという。高齢化に伴い、工事現場に若い人がいなくなり、労働継承がされずであるとか、右肩あがりの経済は終わりをつげ、労働数の減少にともない、経済は右下がり、低成長のまま推移するなどいうメディアの喧伝に、思考回路がロックされている。

働く人の数が減れば、つくりだされるモノの数も減少する。

私の頭のなかは、この論理そのものだった。しかし、上の図を見ると、過去150年間経済の伸びと人口の伸びは比例していない。つまり、経済成長(GDP伸長)と、人口はほとんど関係がないようである。

経済成長率と人口の伸び率の差とは、労働生産性が成長したからという。それは、一人あたりの所得の成長に相当する。労働人口が変化しなくても、一人当たりののつくり出すモノの量が増えれば、経済は大きく成長する。

労働生産性って何よということで、気合が足りないから、売れないんだ、長時間の労働を、根性据えて、どんどんやり抜けばいいのだというようなイメージをこの言葉には抱いてしまうのだが。さらに、高齢化にともない、気合とか根性も薄れて、長時間労働も相対的にできなくなるので、労働生産性も低下するのではないかとも思う。

労働生産性の上昇させる最大要因は、新しい設備・機械を投入する「資本の蓄積」と、広い意味での「技術進歩」「イノベーション」であるそうだ。労働生産性を上げるために何が必要か、どうしたらいいかは、努力・汗というよりも、知恵だとわかる。

例としてスターバックスをあげている。特別優れたハードな技術があるとは思えないが、店舗空間における新しいコンセプト、マニュアル、ブランドの醸成という総合的なソフトパワーが開花をした結果、国際競争力をもって、全世界へスタバは進出を果たした。この誕生こそが、経済分野における技術進歩であり、イノベーションなんだそうだ。プロセッサーの開発などというハード一辺倒な話ではないことも理解しておく必要がある。

内部資本の蓄積について、9月6日の麻生大臣が興味深い発言をしている。この生産性をあげることを行う一方で、企業の内部留保が伸びていることを伝え、なんとかしてほしいとおっしゃっています。これからの日本の経営者は、ため込んでばかりいないで、どこにどう投資をしていくかを、いままさに求められているようです。このご発言をみると、景気は良くなるのではないでしょうか。

問)  今日、財務大臣としての連続在任期間が戦後歴代1位となりましたけれども、デフレ脱却や経済再生と財政再建の両立という政権の大きな目標はまだ道半ばな部分もあると思いますが、今日時点、大臣の御感想をよろしくお願いします。
答)  長くやればいいというものではないとは思いますが、この間、約3年9カ月ぐらいになるのだと思いますが、その間に企業の経常利益は史上空前に、そして国 の税収が約15兆円増え、新規国債発行が約10兆円減り、プライマリーバランス半減目標は達成できました。デフレ不況からの脱却というのがこの内閣の優先 順位一番に掲げてきていましたから、その意味では目標を達成しつつあるのだと思っています。1番目の矢の日銀の金融緩和、2番目の財務省の機動的な財政政 策、そして、3本目の矢で民間投資を喚起するというところについて、企業収益は上がっているのは間違いないのですが、その企業収益が大きくたまって、内部 留保がこの3年間で、この間9月1日発表で23兆4,900億円と出ていましたから、合計73~74兆、したがってトータルで約370兆ぐらいになってき ています。一方、設備投資等で資産がありますので、その設備投資が全部で8兆円増加していますし、企業の中で留まっていたものが、全部が現金ではありませ ん。3本目の矢の給与・賞与が昨年度までは3,100億円ぐらいしかなかったものが、9月には2兆円台に乗ってきていますから、方向としては少しずついっ ているんだとは思いますけれども、現預金等も200兆円を超えていると思います。だから明らかに不動産を含めれば、そういった設備投資等で増えているとい う面は確かにありますけれども、現預金の比率が今でもそれだけあるというのは、どういうつもりなのかよくわかりません。労働分配率も77、78%あったも のが今70%切って67、68%ぐらいだろうと思います。労働分配率がもう少し増えてこないとどうにもならないというのが、GDPの6割が個人消費になり ますから、個人消費が増えていくために政府でやる仕事は、生産性が上がるようなことをやりますけれども、それに応えて私のところも何とかしようという気に 民間側がならないとどうにもなりませんから、そこのところが私どもとしてもよくわからないところで、一番頭の痛いところです。

ザ・チームを読了

先日FIBC2014のフォーラムに参加をしたときに、斎藤ウィリアム浩幸さんの招待講演を拝聴する機会があった。現在は内閣府科学技術・IT戦略担当をなさっているようで、次からつぎへのスライドが大変に興味深かった。この講演に刺激を受けて、日本は個人主義が進み、米国はチームで鍛えるという帯がついた『ザ・チーム』を早速購入して読んでみた。

斎藤氏による基調講演 『イノベーションは失敗から生まれる、失敗を許容する文化を』

前半は、彼の経歴が述べられており、日本と米国の両面を観ていて、多様性のなかに生まれ、進取の精神から、出る釘を伸ばすことに成功されたのだろう。日本人の同質性と横並び意識とは、違った感覚である。進取の気質をもって飛び出していくことを、なんらためらいものなく実践していることは、素晴らしいし、文章中には、いろいろな驚かされる内容が散りばめられているが、短期間に1万2千人と名刺交換をした、そのほか様々な行動力はすさまじい。

いまの日本には、リスクを取り挑戦すること、やりたい事に挑戦することを、奨励すべきだという話。いまの日本の社会構造はあまりに不都合だと嘆く。終身雇用、新卒採用がまだ幅を効かせていることが、どれだけ、挑戦や冒険から意識が遠のくのか。

自由な発想を持って、幅広い視野のなかから、革新的なサービスが生まれてくるとおっしゃっている。挑戦する環境と、挑戦したなかで上手くいかなかったときの経験を社会として積む(失敗という言葉は使いたくない、次の成功に向けた経験!!経験できて良かった。)、さらに救済策(セイフティネット)が張りめぐらされていて、次のステージに移行できることなどは、これからの日本を考える上で大変示唆に富む発言であると思う。

こうした土壌にすこしずつでも変化してくれば、新卒とか中途の概念は無くなって、できる人ができるプロジェクトに配置されて、自然に結果が出てくるというのは理想ではないか。どちらが先というのではないだろうが、時間とともに、社会構造全体が、活性化されるようになるという。

私も自分の会社を経営してみて、日々挑戦をしているつもりだが、思うように行かない点も多々ある。この本は、勇気づけられる一冊であった。この『挑戦できる社会へ』のテーマは賛同したい。国民全体が、こうした意識にかわっていけるように、マインドセットを行う必要があるのだろう。手にとってお読み頂くことをお薦めしたい一冊である。