矢野和男さんの『データの見えざる手』(第3章)

今日も暑うございます。今年の夏は、まだしばらく猛暑が続くみたいですね。
早朝の外ランは、距離を短くしました。これから、午後は水泳してきます。
水野裕識(みずのひろのり)です。

今日も、矢野和男さんの『データの見えざる手』を、冷房の効いた部屋で読んでいます。

3章のテーマは、”人間行動の方程式を求めて”です。

人の行動は多様に見えても、じつはある方程式に従っているとのこと、例えば人に会う面会はランダムに起きる(ポアソン分布)のではない。

再会の確立は最後にあってからの時間が経過するに従って低下することがデータ解析で分かったようだ。
結果は、1/Tに比例して、次の面会までの間が、小さくなっていく。(Tは、前回会ってからの時間間隔)
これは、確かに、時間が空くほど、会いにくくなるという経験則にも従っている。
”去る者日々に疎し”をデータエビデンスにて証明し、それを法則化できたということになる。とても、興味深い。

1/T法則は、面会間隔のみならず、メール受信から次の送信までの間隔もこの法則に従ったり、安静状態から活動状態への遷移間隔も、これに従うらしい。
安静が2時間続けば、活動に転じる確率は、安静が1時間続いた場合に比して半減する。
さらに、活動の遷移確率を、健常者とうつ状態にある人を比べると、健常者のほうが遷移確率が高いという研究報告を引用している。

同じ動きは継続しないのだ。ある動きが中断する確率は、1/Tに比例して小さくなる。継続時間は20から100分だそうだ。
ある行動に入ると、その行動を止めにくいという特徴を見いだされた、なぜか身体行動には、継続性があるということだ。

仕事や生活に楽しさや充実感を得ている人は、身体運動の継続性が高いことが明らかにもなってきたようである。
実際、矢野さんは、ご自身のセンサーを分析結果から、早い動き(2Hz以上)を日々の生活に取り入れるようだ。
会話は、立ったままする、オフィスの中を歩き回るなどして早い動きを取り入れる工夫をされている。

もしかすると、ある特殊な領域、たとえばスポーツ選手の強化に応用ができたりするかもしれない。
プロ野球選手にはそれ特有の身体運動の継続性が見つかるかもしれないし、バスケ選手、卓球選手ではどうかなど、
競技によって差が出るものかどうかも見えてくるのかもしれない。
自分が何に適しているのかが分からない幼少期時代に身に着けると、あるスポーツへの得手不得手が見えたりするのではないだろうか。
未来予測に走りすぎると、それは怖い気もするが、あなたの行動パターンをもっとこうしてみたらいいと思うというアドバイスはお金を払っても
もらいたいと思う場合もあるだろう。

私自身、多くのヘルスデバイスを腕に身に着けて確認をしてきた。実は女性を被験者として装着の依頼を行ったこともあり、
男性も女性も腕輪側デバイスの長期間装着をいやがる傾向が見られた。寝ている時くらい外したい、この暑いときは外したいなどは普通にある。
ポイントは腕への装着。そもそも論として、人の腕に、長期間、装着することはおそらくできないと思うが、いかがだろう。

ただ、首にかけるストラップであれば職場にいるときだけ判断すればいいだろう。
幅広く使ってもらえるサービスにするために、もっと簡便なデバイスにする必要があるのではないだろうか。
子供やお年寄りは、それこそズボンのポケットにいれておくだけであるとか、バックルに収納するなど。
そんなことは、矢野さんチームは百も承知だろうが、社会実装するためには、通り抜けなければならないだろうとも思える。

矢野和男さんの『データの見えざる手』(第2章)

引き続き、矢野和男さんの『データの見えざる手』(第2章)を読み進めています。
水野裕識(みずの ひろのり)です。

2章テーマは、”ハピネスを測る”です。

50%遺伝的、10%は環境要因、残り40%日々の行動によって決まるそうです。
幸せは、日々積極的に行動を起こすことで得られるようです。

ハピネス研究の第一人者、ソニア・リュボミルスキ教授の研究を引き合いにして、
今を耐えて、未来にきっと訪れる幸せを得るためにという昭和感たっぷりの心がまえではなくて、
日々のちょっとした積極的な行動で得られるようだ。

指示されて行動するのではなくて、自ら行動するために、技術がどう支援できるかと説く。
確かに真逆の考え方である。幸せだと感じるためには、少しの行動を起こせばいい。

仕事ができるビジネスマンは、幸せであると、
幸せなビジネスマンは成功しているのどちらか。

著者の結論は、後者のようである、面白いことを見つけ出す。

心の充足・幸せだといえることが先であって、そういう状態にあれば、仕事もうまくいくとなる。
よって、会社の業績を上げるために、社員一人ひとりが幸せだと感じることができればよいとなる。

そこで、幸せを感じているかどうかを測定するために、矢野さんのセンサー技術が登場する。

共同実験で、良かったことを紙に書いた群は、幸福度があがり、組織への帰属意識が高まったそうである。
その結果は、加速度センサーデータに現れていて、身体活動の総量と相関がみつかったそうだ。

つまり、本人が思う幸せは、普通は個人の内面のことだから、他人からはわからないと思われたが、
じつは動きとして計測できるのだ。よく、そんなことが分かったものだと感心します。

幸せを感じるようになると、活動量が増える。
仕事をしていても、この人なんだか、熱い人だなとか、情熱を持った人だなと思う方にお会いすることがある。
熱い状態にいるので、身体の活動量(動きが増える)が増しているのかもしれない。

人と会話をしているときの運動量が多い人は、積極的に問題解決をする人と相関があるそうだ。
前者の状態を観測していれば、後者の特徴を持ったひとを、ピックアップすることができる。
さらに、1万以上のデータに潜む特徴量の相関を見つけ出そうとされている。

その相関パターンが明確になるにつれ、今いる人同士の最適な組み合わせや、これから採用しようとする人の
特性まで踏まえた、新しい組織構造を自動で提供することができる。AIのほうが、はるかに組織のことを知っている
可能性がでてくるという印象を受ける。

最初は試しにAIシステムの言う通りに実践をして、センサーの状態を継続してモニターし続ける。
さらに、AIは新しい仮説を作り出して、個々の人に提案もするだろうし、上長にも人の配置提案もできるだろう。

コールセンター、開発現場での検証結果を報告されているが、その詳細は本書をお読みになることをお勧めする。

メール、SNSでの情報共有が格段に進んだこの25年。
隣の席同士でも、SNS経由でランチのお誘いをしあっているという、笑い話。
過度にITに依存しすぎている人も多くなってきた。
そう思うと、その逆の視点が抜け落ちてしまっているのかもしれない。
(昭和の仕事はどう進んでいたのだろうかとすら思う)

ひとはコミュニケーションの動物で、対面で話をすることで、理解がすすむ。
動きは伝搬しあうという。心理学の同調、ミラーリングも、センサーでわかるのだろうか。
(うつは周りにうつるんだよという話もある)
人同士の対面で向き合えば、活動が相互に伝搬をして、影響を与える。

要因因子とパターン、そのバランス・組み合わせとして、理解がこれからのようである。
それが分かるにつれて、
個人として幸せをえるために、自然にその行動が誘発されるようなアドバイス提供サービスは、価値があると思いました。
ただ、分かっていてもできないんだよねとか、そうしたいんだけど、うまくいかないんだよねという人は多いと思います。
一方で、そう簡単にもいかない気もするし、でも明らかにしたい気持ちもとても理解します。
いずれにしても、この2章もたいへん勉強になりました、矢野さん、感謝です。(多分ブログ見てないだろうけど)

追伸
データの見えざる手というタイトルは、アダムスミスの神の見えざる手からきているのかと今分かった。
なるほど。

機械学習と深層学習の違い

今年も桜が綺麗な時期になりました。満開のサクラ並木の下を、散歩をしてきました。
気分が良いので、このままブログでもと、書いてみました。

AI百花繚乱ですね。

最新論文をキャッチアップし、さらにその先のモデルを提案・実証を続けることは、労を要する。
https://zuuonline.com/archives/180974
素晴らしい結果も、再現性が確認できないと、価値はない。
再現性のため、論文のみならず、データ+プログラム+結果の3点セットを提示させる学会もあると聞く。

機械学習と深層学習、強化学習との違い、ベイジアン統計学と機械学習の関係性をきちんと理解したうえで、
AI的な手法をどう取り入れるかを考えたい。

すべてがAIという用語に括られてしまい、今がどんな状況にあり、どういう方向に進んでいくのか見通した説明がないのは問題では。
産業への応用が大事という視点からすると、AIの技術的な総括がないなか、どの方向が正解なのかと悩んでしまう。
多くの技術者、その上の経営する側も、わからなくなっているのではないでしょうか。

機械学習の目標は、与えられたデータ(教師信号)を出力する関数を求めることだ。与えられる複数のデータを少しずつ変えることで、
正解データに近づけられる関数を求めることと理解している。代表的な手法は、勾配降下法。どこに正解として落ち着くのかが、
わからないので、入力を少しずつ変えて、落ち着きどころを探るそのプロセスを機械学習と呼ぶのだと理解する。
深層学習は、全体のアーキテクチャ(構成するパラメータも含む)を、正解からのずれを修正するプロセス(逆伝搬法)を取る。

それぞれの立ち位置は、データに対する態度が、客観か、主観かの違いともいえる。
どちらも、データのなかでどこに区切りがあるのかを見い出しにくい課題を扱うが、入力と出力の関数を導出を、複数の入力データ
を少しずつ変えて、正しい結果を得ようとする客観的な学習と、結果からのずれがなくなるようにアーキテクチャ自身を自ら変更
していく主観的な学習との違いともいえる。充実したpythonライブラリのおかげで、データセットに対する機会学習の結果は得やすい
状況にある。深層学習は、画像・音・テキストを扱うが、まだ何をどのように扱えるのか発展途上である。機械学習の範囲を超えた
複雑な課題に対して、深層学習のアプローチが進んでいる。

まずは課題ありき。その課題が有する特徴を理解したうえで、どのAI的な手法を使うべきかの決めなければならないが、どういった
問題にどんな手法が効果的であるかを、エンジニアは理解をするべきと考える。

さらにその手法を使ったときの事業性(それでうちはどう儲かるの?)に応えられるべきと考えます。
GEのような大量センサーによる保守サービスモデルへの転換とばかり、その方向に追従してしまっているようにも思います。

いま必要なことは、様々な技法のまとめと総括をして、技術の方向性を示すこと、そしてそれでどう儲けるかを示すことと思います。
もちろん、言うは易しですが。

機械・ロボット化の先にある世界

米自動車工場で稼働するロボットは2017年の全数12万7千台、この6年間で70%増加した。この結果、産業の付加価値額は、右にあがるが、一方で雇用者数はピークの7割にとどまっている報告がある。

MITのダロン・アセモグル教授らの研究によると、「1000人の労働者に1台のロボットが導入されると、人口比の雇用率が0.18-0.34ポイント減少する一方で、賃金は0.25~0.5ポイント押し下げられた」そうである。

安田先生は、ロボット1台が5-6人の雇用を奪うとも言い換えている。グレートデカップリングであらわされるように、ロボット・機械の導入が進むほど、労働生産性と1人当たりのGPDは上昇する一方で、雇用者数と家計の所得(中央値)は右肩に下がる傾向を持つ。

下記図、2000年頃から、顕著な傾向をみることができる。雇用はすでに機械に奪われつつあるのだ。

https://pbs.twimg.com/media/Cd-Vqp2UUAA6fK0.jpg

そして、最近、鈴木貴博さんの仕事消滅を読み、さらに驚いてしまった。わたしは前のブログで、少子高齢化が進む日本で労働人口相当をロボット・機械に置き換えたら良いと思うと述べたが、鈴木さんは、さらに先をお考えで、(話は単純ではないが、要約すると)「機械・ロボットに税金を課す」ことのようである。あまりに思考が先に進みすぎているようにも思えるが、上で述べた傾向がさらに進むその先のうち手の1つとして、「ロボット税」が現実味を帯びてくる気もする。ピケティが指摘した資産家に偏るのを抑えるには、累進課税しかないという問題と同義かもしれない。

ちょっと時間がないので、今日はこのあたりで失礼します。

「NHK 3月22日放送記念日特集・今テレビはどう見られているか」への所感

ほぼ国民にスマホが行きわたっている現在、スマホとテレビの関係がどうなっているかは、ずっと興味を持っていた。スマホでいつでもどこでも視聴はできる。日本は録画装置の普及もあり、その視聴形態が大きく変化しているだろうとは、薄々みんな気づいていた。そこに、NHKがなんとも刺激的な放送内容を突っ込んできた。

映像はyoutubeにあるにはある。

若者のテレビとの接触についてであるが、テレビを見ながら、携帯電話やスマホを操作している現状の説明がしばらく続く、テレビ・スマホ・タブレットの3つを同時に操作しながらテレビを見ている若い女性が紹介される。トリプルスクリーン視聴と呼ぶのだそうだ。確かにテレビを見ながら、検索をしている人は多いだろうなと思う。

若者らの意見では、要点をおさえらた動画で見るということだった。動画は番組という意識ではなくて、動画として見ているという意見があった。テレビのリアルタイム視聴時間は、若者については大幅に下がっている。10代では140分⇒80分へ、20-34歳でも60分程度減少している。その代わりに、サイトに上がっている動画を見ているということの説明があった。その60分はサイトの動画を見る時間にシフトしているようだ。

視聴者がメインであり、スクリーンはすべてサブとなってしまった。君の名の映像が細切れで高速に進むことを思い出す。若者の観かたを意識した作りになっているといわれるが、ものの数秒で次から次へとシーンが切り替わる。複数スクリーンを同時進行で観るという視聴法にもつながっていると思える。

次に逃げるは恥だが役に立つ(逃げ恥)大ヒットの説明にうつる。初回10.2%からはじまり、最終話(11回)まで20.8%まで視聴率は伸長した。録画再生視聴率を含めると、20%⇒33.1%に至り、社会現象にまで至った。視聴率がどうしてこのような伸びを示すことができたのかに話が及ぶ。回を追うごとに、逃げ恥にどう人が流れ込んできたか。ネット上にあふれかえる記事、SNSで人々は接触が始まり、恋ダンスというキーワードに接触することで、検索をし、ネットの動画に触れる。見逃した番組をすべてネットで観た後に、最終話だけはライブで視聴をする。

この記事をあげたり、SNSで情報発信をする、コンテンツハンター、ヒットライダーが1600万人いると解析している。これらの多くの一般の人の発信を多く巻き込みながら、その番組への誘導を達成しているといえる。

ノルウェーのSKAM(恥)の紹介におよぶ。(記事1記事2)この番組は、ネットで見てもらうことを前提に番組を作っているとのこと。通常のテレビ番組のシーンをバラバラにして、毎日小出しでネット上に投稿する手法に切り替えたという。動画クリップ⇒SNS写真⇒SNSメッセージ⇒動画クリップ⇒SNSメッセージ⇒動画クリップのように。週に1度動画クリップをまとめた動画が放送されるという。SNSを多用することで、若者とつながることができ、若者を引き込むことに成功したようだ。

この手法は、まだ日本では応用されていない。さらに刺激的な言葉が流れている。流入経路がそれだけ多様化できるのであれば、その流入経路単位に広告を再配置したりする設計もありえそうである。生活者が主体というメディア環境への変化に合わせて、テレビの観かたが大きく変わるなかで、ネットとの向き合い方も大きく変化していくなと感じた。NHKがこのような情報をあえて発信したことは意義深いと思った次第である。