シェアリングエコノミーの進展

メルカリが上場。わずか数年で、C2Cの流通事業を築きあげました、すごいですね。

1997年からの通販サイトは、B2Cでありまして、個人が、モノを売ろうにも売ることができなかった。
もちろん、ヤフオクをはじめとするC2Cサービスもあるにはありましたが、
それらを凌駕するだけの利便性が、メルカリにはあったのだと思います。
そう思うと、山田社長の時代を見抜く、切り取る力、敬服いたします。

人口減少社会では、新しいモノはこの先、ますます売れにくくなるだろう
いや、逆にモノが飽和してしまっていることを見抜いて、さらに給与が下がり続けるこの日本で、
C2Cマッチングに仕立てあげたことは、実に素晴らしい、先見の明がある方だなと思います。

現在メルカリの月の流通額は300億円、年商360億円事業に成長しているそうです。
日本の利用者は1000万人、さらに米国で成長を目論んでいるようで、買い手中心のUIから、売り手に使いやすい
UIを変えて、日米の文化、利用者の意識の違いを、UI/UXに反映していると聞きます。
事業上は、このまま、米国での利用が加速するといいですね。

シェアリング経済ですけど、このシェアリングという考え、これからの日本にどう影響してくるでしょう。
モノがあふれかえるので十分、他人が使ったモノを再利用することで間に合わせるということです。
新しいモノを買わないということですから、デフレを深押ししてしまうようにも思います。
このサービスの利用が進むほど、インフレなんて、なりようがないという印象です。

現在の流通総額からすると、現時点の割合はたいしたことはないのかもしれません。
政府が言い続けている、経済を成長するする路線は、どうなってしまうのでしょう。
C2Cサービスの普及がすすむほど、みんなで、デフレをあと押しする感じに思えます。
こうした動きは、均衡から、縮小に経済が向かっているのではないかと思うのは、私だけでしょうか。

ま、個々人ではそれで充分だし、満足なのだから、そんなことを考えていても仕方がありませんね。
これからのモノ消費は、メルカリのようなC2Cサービスで、上手にやりくりするのでしょう。
新製品を投入し続ける企業にとって、このC2Cサービスは厄介となるか、それともうまく乗りこなしていくのか、
知恵の絞りどころです。

以上、メルカリの上場ニュースを見て、思いました。
いずれにしましても、日本から世界へ発信するメルカリ、応援いたします。

副業解禁の意図は

こんにちは、水野裕識(みずのひろのり)です。

今日のブログは副業解禁について。
副業解禁で検索をすると、上場会社の副業解禁について、
どこぞの会社がどうした、あーしたというニュースを目にするようになった。

これは・・・?

この平和な日本で、一体、何が起きようとしているのだろうか。
取るに足らないニュースではない。おそらく、これからもっと厳しいメッセージとして私たちに伝わってくるニュースと思える。
年功序列型賃金は、維持できなくなった宣言だろうか。
足りない部分は副業で補ってくださいねというメッセージなのだろうか。

昨年銀行が大幅なリストラを発表した。新卒を取らない銀行も出てきた。FINTECH、blockchain技術が業界の構造を塗り替える。
冷静に状況を観測し、未来を予測すると、今の体制を維持できないと判断し、それを発表したのだと思う。
その結果として、来年金融業界に応募する新卒も激減したようだ。

学歴・学閥により、年功序列賃金が決まり、大卒・高卒の給与カーブが決まりというお決まりに、みなが従っていたはずなのだが、
ここにきて、ガラガラと音を立てて崩れはじめた。

指数関数的なデジタル技術革新が、旧来からのやり方をあっという間に刷新してしまう。
少しずつとか、ちょっと待ったが効かなくなってきた印象を持ってしまう。
まだ大丈夫だろう、俺たちの世代まではという計算すら許さないスピード感で業界のやり方を壊していってしまう。
自分のことを思ってもそうだが、人はそう簡単に変われないし、変わらないものだ。
しかし、そんなことを許さない厳しさを感じる。

大企業には、役職定年があり、早ければ50歳前半で、次の身の振り方を意識せざるを得ない状況になっている。
人生100年の時代に入ったばかり、その半分程度で、みな次の50年を考えることを余儀なくさせられてきた。
年金を貰うまでに、20年もある。ただただ、変化のスピードが加速する指数関数的に状況が変わる時代に入ったのだ。

中小企業の社長の平均年齢は、62歳。これが毎年1歳近くずつ上昇しているので、もうあと10年もすると、72歳だ。
中小企業においても、新陳代謝も全くできてない。事業を引き継ぐのも簡単ではない。

このような流れのなかで、ここにきてなぜか、副業解禁のメッセージだけが、ニュースになっている。

個人としてどう働くのか、いやがおうでも真剣に向き合う必要が出てきた。
このスピードがあまり早いので、へたをすると、社会が不安定になってしまわないだろうか。
安定した仕事、安定した給料がセットになっている安心感に、少し日本人が飼いなされてしまった。
その反動からか、不安定な状態に、企業が急に舵を切り始めた感がある。
誰もが変化の先を読み、上手に振舞いたいと思うが、そう思うもままならず、放り出されてしまう。
しかも、その準備情報すら得られないままなので、厳しい時代にはいったと思う。

ただし、逆にいえば、変化あるところに、商機ありともいえる。
副業を支えるサービスを提供することができるならば、それは大きなチャンスになるだろう。
すこし、前々から考えているアイデアがあり、それを実現できるところと、一緒に対応してみたいと思っている。

ふるさと納税から見えること

2月25日です。毎日が、飛ぶようにすぎますね、早いな~。
水野裕識(みずのひろのり)です。

東京マラソンで、都内は大幅な交通規制が行われていますね。
肌寒いなか、ランナーの皆さん、頑張ってください。

このブログも少しさぼるとすぐに3か月近く経ってしまいました。
今日は、何を書きましょう。

ふるさと納税は、その後どう進んでいるのか、ざっとしたところを共有します。
ちょうど1年前にもブログにのせていましたね。

出典 http://www.soumu.go.jp/main_content/000493819.pdf

 

住民税が、1兆2000億円だそうですが、そのうち1/4がふるさと納税に回っています。これは、キャズムを超えたとみえるので、一般に浸透しているようですね。

上位20位自治体のリストです。
都城市、お世話になってます。こちらの肉は、食べ盛りの子供がいる家庭には、もってこいですね。
それぞれのご自宅の実情、興味に応じて、いろいろな物品が提供してあるので、楽しめます。

つぎは、私のほうで計算をしてみたのですが、この上位20自治体の地方交付税とふるさと納税の比較です。

まず、市区・町・村の定義から。ざっくりと、市区は5万人以上、町は5千以上、住んでいるひとがいることです。みなさん、知ってました、この定義。村にいたっては、数定義はないそうです。市区と町は、10倍違うのですね。東京人口930万人と思うと、市区とは200倍、町とは2000倍も違っています。こんなにも違うもんなのだなあ。

総額枠で見るのではなくて、ひとり頭で考えるほうが、中身が見えてくると思いました。

地方交付税よりも、2~4倍もふるさと納税を集めている地域があるということです。
焼津市、都農町、上峰町、泉佐野市、国東市は、かなり恩恵にあずかっているのです。

ふるさと納税は、ゼロサムゲームです。人口の多いエリアの自治体に支払われるはずのお金が地方に回るので、地方にとってはありがたい施策ですが、都会の自治体にはありがた迷惑です。実際杉並区からは、待機児童施策ができないという不満もあがっています。

国は、地方交付税で分配しているのでその枠ないでやりなさいという話をずっと続けてきました。ここにきて、頑張る自治体には、さらに税金が廻って来ることを証明しました。小さな自治体であっても、取りまとめる力と、情報発信力があれば、その努力が報われるということがわかったようです。企業の売上という視点でみると、それまでの売上が10億円しかなかったところに、翌年から売上が20,30億となるので、それはやってよかったとなっていると思います。

でも、ここに出てきた自治体は、TOP20です。
全国の自治体数は、1700程度です。まだ7,8割の自治体が何もできず、動けていない自治体も多くあるように思います。
ほかの自治体は、何をどうしたらよいものか、悩んでいるのではないかと思います。
ここをICTで支援するのは、意味をもつのではないでしょうか。

都城市の使い道例です。→ こちら
畜産業への手当もそうですが、子供たちの教育のためなど未来のために使われているようです。
海外との交流は、目をつぶりましょうか。

自治体側は、地元住民に良いサービスを提供することで、若者たちが地元を離れることなく、
地元に残り(あるいはI/Uターンが増し)、(そんな簡単ではないでしょうけども)
地域の人口が増える方向に向かっていけるとよいですね。

自治体が売上を生み出せるという発想は、交付税配布で縛られていたら出なかっただろうし、発想すらでなかっただろうと思います。
地方の自治体の努力が、実るかもしれないこの仕組みは、かなり良さそうです。
さらに、国民一人ひとりの行動パターンとつながっていて、私たちの行動が、まだ見ぬ人たちの支援になっていると思うと、
元気もでます。ひきつづき、ウォッチしていこうとおもいます。

国民の一人ひとりの小さな行動が、税の体制に影響を与えることができるという大きな実験であります。

今後もふるさと納税の仕組みが続くとすると、
自治体人数割に相当するように広く散らばるモデルになるのか(交付税に近づくのか)、
あるいは、頑張る自治体には、相応した額が集まるようになるのか、
さて、どちらでしょうか。

クリスマスイブですね

クリスマスイブですね。ここから、年明けまでの時間の短さが、もうなんというか、一番早く感じます。

これからどうなる日本企業ということで、前回の記事に続き、もう1点気になる所を書いておきたいです。

ものづくりを代表する日本企業で、いろいろな不祥事が続いています。かなり問題だと思っており、どうなっていくのでしょう。
2015年に発覚した東芝。リーマンショック後、それでも利益を出し続けなければならない背負った経営陣が、利益水増しや数字操作を繰り返してしまいました。もちろん、2006円にウェスティングハウス社をあり得ない金額で買収をしたところに
、2011年の原発事故が起こってしまい、その後も工期の遅れなども重なって、7125憶円もの損失額を出してしまいました。

事業規模を縮小し、資産を切り売りを繰り返して、虎の子である半導体メモリの経営権を巡り、すったもんだしています。エアバッグのタカタが夏に事業を精算しました。この秋にかけて、日産自動車が無資格検査の発覚、神戸製鋼がデータを改ざん、三菱マテリアル子会社がデータ改ざんなど、次々と発覚しています。

世界に誇る日本企業のモノづくりは、一体どうしてしまったのでしょうか。いろいろな理由をつけて説明はなされているようですが、一番の心配は<<日本企業に対する信頼の喪失>>です。巨大企業の下には、多くの下請け企業がありますので、下請けへの影響含めるとその影響は、たいへん大きいです。日本の企業はどこに向おうとしているのでしょう。

百貨店を代表とする小売業界の売り上げは、9兆円7130憶円(1991年)から5兆9780億円(2016年)まで下がり続けています。アマゾンを筆頭とする通販サイトの躍進が思いつくところですが、ネット販売企業に持っていかれるのでしょうか。

多くの方が、店舗・モールで見た商品をネット検索して、一番安い所で購買することにも慣れました。翌日配送されるので、重たいものを持ち歩くこともなく、翌日には届く利便を受けています。店舗経費をのせた価格設定を消費者は賢く見抜いています。この日本で、給与水準は相変わらず右下がりのままで、物のシェアを行う会社が成長しているようです。人が使った中古品を嫌うということではなくて、むしろ積極的に生活に取り入れて、シーズンごとに物品を回転させて、物をできるだけ持たないようにする工夫がみられるようになりました。

少しずつですがシェア経済へ時代がシフトしていっているようです。テスラモーターのイーロンマスクが言うには、電気自動車の時代に入り、自動運転車が普通になると、車もシェアサービス商品になるそうです。あと数年で自動運転車が世の中に走るようになったら、運転手が職にあふれ、タクシー業界も大きく変化しそうです。
いまは2020年の東京オリンピックに向けてホテルは、建設ラッシュですが、民泊が普通になったときでも、(法規制などは別に)旅行者はこうしたホテルに泊まるでしょうか。

この1年は、シェアサービスの可能性がすこしずつ芽をだしてきたように思います。来年からさらに数年かけて、いろいろなものがシェアサービスに向かいそうです。消費者には選択できる範囲が拡がるので、たいへん良いことです。企業サイドは魔法が効かなくなり、サービスを提供できるプラットフォーム企業だけが有利な立場になるだけかもしれません。

付加価値のある製品づくり、良いモノを作り続ければ、世界が買い続けてくれるという古い頭では、たたかえない印象です。使われるシーンや利用者に近い所でコミュニケーションを図り、世界規模で利用されるプラットフォーム企業が大きく飛躍しそうな感じです。

さまざまなサービスの捉え方、提供の仕方そのものが、非常に速いスピードで、破壊的に変わってしまう時代になりました。今年もいろいろと考えさせられる一年でした。
ちなみに、年賀状の発行枚数は2000年代44億枚から、2017年には25億枚になりました、ここにも時代の様相が見え隠れしていると思ってみています。変わらなければ、取り換えられてしまうことで、肝に銘じたいと思います。

富山県利賀村で鈴木忠志さんの「世界の果てからこんにちは」観劇

2017年、今年の夏もそろそろ終わりでしょうか。今週末、少々涼しい場所を訪問したのでその報告です。

毎年開催してきた世界演劇祭利賀フェスティバル(SCOTサマー・シーズン2017)に参加した。なぜ、わざわざ富山県の山奥まで、観劇に出向いたかというと、前のブログで紹介をさせてもらった水野和夫さんの著書で紹介(P.254頁あたり)があったからです。「日本がお亡くなりになった」というシーンみたさと、これからは日本がとうの昔に亡くしてしまった「愛・美・真」の3つが、鈴木演劇のあるということを、確認したかった。

観劇場前、日本家屋の感じ

 

利賀村は、富山駅から車で2時間、人口400名もいない中山間地。鈴木忠志さんは現77歳、この地に41歳で移り住んで、現在まで世界に向けた演劇をこの利賀村から発信し続けてきた。観劇の前に、鈴木さんからなぜこの演劇を作ったかの説明があり、軽妙、ユーモアの交じった語り口のなかに、日本が失ってしまったものがあり、今一度それを各自の頭で考えてみてくださいという言葉が響いた。

野外劇場、公演前

いざはじまると1時間程度の舞台ではあるものの、シーンが非連続に現れては消える。日本人が失ってしまったもの、過去に置き忘れてきたものが、本当にそれでいいのかと問いかけてくる感じがする。そもそも日本の心象とはと語りかけたとしても、それは時代とともに変化するものであり、政治、経済、文化、さらにグローバル化した現在が、昔と違うのは必然である。

花火が演出を盛り上げる、幻想的、優美な感じ

ここにも説明があるように、日本人共有のアイデンティティなどそもそもなかったわけである。戦争の前後に大きな分断があり、何が継続すべきかの議論がないまま、今日、その場限りの不安点な心情を、日本人が持ってしまっているとすると、それも日本の今を覆う空気感なのだとも思う。

祭りあとの灯り

高校の頃から、私も観劇は好きで、さまざまな劇を観てきたものです。会場には、若い方から年配の方まで、幅広い年代の方に愛されているようでした。若い方たちを考慮されてか、鈴木演劇は、対価を求めないそうです、ただ、志を投函する箱はあります。これも、チャレンジですね。商業性になびかず、自分のやりたいことを、やりたいように行ってこられた鈴木さんのパワーなのだと思いました。現在では、富山県や文化庁の後援を受けているようで、今回も世界各国からのテレビ取材もあり、外国の方も多かったです。再来年(2019夏)が、何かのタイミングで一段と盛り上がるようにしたいと仰っていました。また機会をみて参加します。

利賀村から夕陽