今年初登山、雲取山へ

こんにちは、水野裕識(みずのひろのり)です。

2月の終わりに、東京で一番高い山である雲取山に登ってきました。少し振り返りたいと思います。2千メートルを超える冬山なので、いろいろと準備をしてきました。今回、ご同行頂きましたのは、古畑勝海さん。古畑さんは、山登り歴がながく、たくさんの明峰を登り、達人さん。昨年の飯豊山登山で初めてお会いし、じつは、私からご一緒していただけますかとお願い申し上げた。

ホリデー快速奥多摩1号で、奥多摩駅下車、そこからバスで揺られて、鴨沢バス停で下車。下界は、好天。元気よく、バス停をスタート。

古畑さんと愉しく会話をしながら、緩やかな登りを、少しゆらりゆらりと登っていく。山道はブナの葉が積もり、足に柔らかな感触がある。空気も新鮮。深く深呼吸をすると、肺一杯に酸素が広がり、頭も冴える気がした。

この山道は、平将門迷走ルートとして立て看板を観ながら、愉しみながら登ることができる。そういえば、グレートトラバースで田中陽希さんが秩父連山の回を、自宅で見てきたが、番組のなかで、かれもこの看板に気を囚われ、説明していた。どこまで本当なのかというのはあるが。

YAMAPアプリで登山の状況を捉えていたので、それをみながら振り返る。1650mの七ツ石山までは、たいへん順調であった。時間あたり317m登っていたようだ。9時12分スタートで、12時47分で七ツ石山着。足を振り上げて登る山でなく、勾配がゆるやかなため、一歩ずつ進めれば、自然に着する。このあたりから、気温も下がりはじめたと感じ、手袋・ニット帽、厚手の上着を羽織ることで、残りの500m登りに備えた。

そして、身体に異変が生じた。

山頂は2017mだ。ここからなんと、2時間近くも要してしまったのだ。登頂は14時54分。時間あたり220mしか登れなかった。たしかに、吹き付ける風もましてきた、小雨から雪に変わりはじめて、温度も0度以下であったろう。

七ツ石山までのスピードに対して、30%以上ダウンした計算である。その理由は、足の付け根の股関節が急に痛みだしたのである。ここまでまったく緩やかな登りであった印象なのに、すこしずつ足に違和感がではじめて、だんだん股関節の痛みが増して、最後は足が前に出せない・でないという状況に陥った。

なんとも不思議であった、これは一体なんだったのか。腸骨筋という説も。。。

それまでも膝頭、ふくらはぎなどいろいろと痛みはあったが、股関節は初めての経験で、ご一緒頂いた、古畑さんには、気を遣わせてしまい、申し訳なく思っている。それでも、なんとか山頂に達することができた。

やった。

疲労困憊のわたしと、山頂標柱(笑)。

山頂を超えた後の下り。ここかもさらに難儀。というのは、山道に積雪10-20cm。それがほぼ凍っていて、ガリガリ。ガリガリの状態の道を下るということが、怖い。一歩踏み出すと、つるんと滑り、滑落しそうな気分になる。下り坂に足がでないのである。ガリガリという単語、ここに来て言葉としての理解と自分の体感として捉えることができた。経験は母だ。少し降りたところで、古畑さんがアイゼンを付けようといわれ、下りの途中で軽アイゼンを装着した。ここから、山荘まで、転がるように降りていき、無我夢中であまり覚えていないが、なんとか、雲取山荘に到着した。15時40分。

雲取山荘は大きく、収容人数も200名位こなすようだ。この日の登山客はだいたい50-60名というところか。古畑さんと私の2名で1室あてがわれ、部屋の中央に大きな炬燵がありがたかった。凍えた身体をそのなかに沈め、夕飯までお話をつづけた。その後も、大きなヒータの前で、ビール缶で小さく乾杯をした。他の登山客のなかには、足利市からいらしたり、女性お一人で登っていらっしゃっていたり。みなさん、それぞれの想いをお話をされていた。

朝方まで風と雪が横殴りであったようだが、朝一番、ご来光を捉えることができた。朝食を食べたあと、昨日降りてきたガリガリ坂を一挙に登り、朝はやくに、山頂に到着した。そこで、撮影して頂いた渾身の1枚。背景にははっきりと富士山が見える。360度見渡す限り、うっすらと雪化粧をした山々、山塊が凛とした空気の先に構えている。ここだからできる素晴らしい経験だ。

2020年の2月の雲取山。冬山の経験は初めてであったが、この山登りをとおして、自分の糧にできたと思う。山は素敵だ。今回ご一緒いただいた、古畑さんには、あらためて感謝をお伝えしたい。そして、また、機会があれば、ご一緒したいと願っていることも。素晴らしい経験を共有できました。本当にありがとうございました。