先週、厚労省の方々と熱中症の皮膚温を測定するデバイスの有用性についてお話を伺う機会がありました。そこで話をされた内容をもとに、少し深堀をしてみたので、備忘もかねて、掲載しておきます。体温をいかに捉えるかで、ついつい皮膚温で判断する方向に傾きがちですが、皮膚温の温度で熱中症の程度を見極めることは、現時点では、簡単ではないという理解をしておきたいと思います。
1. 背景と論点整理
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深部体温(core T) が 38 °Cを超えると熱中症発症リスクが急上昇する。
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しかし現場で直腸温や鼓膜温を測るのは侵襲的・煩雑。
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皮膚温(skin T)を代替指標にできれば、ウェアラブルで早期警戒が可能──相関の有無と強さを検証した論文が鍵になる。
2. 相関を定量的に扱った主要研究
研究・対象 | 設計 / 測定 | 主な結果 | 意義 |
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Sugie et al., 2019 建設作業環境シミュレーション(WBGT 25-31 °C, n = 11) | 足背皮膚温・平均皮膚温・直腸温を連続測定 | 足背皮膚温と直腸温が**“強い相関”**。運動中の変化パターンが酷似し、WBGT 31 °C条件で熱中症症状出現事例も確認 | 現場で隠蔽部位(靴内)の皮膚温がコアT推定に有望 |
Kim & Lee, 2015 消防士 n = 8、PPE着用・空調 29-35 °C周期 | 12部位皮膚温+直腸温 | 額 R² 0.83、胸 R² 0.82でコアT推定可。外気変動があっても予測精度維持 | 顔面・前胸センサ×AIアルゴで実用的警報が可能 (ResearchGate) |
Falcone et al., 2024 (Scoping Review) 16本のウェアラブル研究を整理 | 心拍+皮膚温のハイブリッドモデルが多く、コアT予測RMSE 0.3-0.5 °C | 単独の皮膚温より多変量モデルで早期検出感度↑。実フィールド検証が増加中 (サイエンスダイレクト) | |
Firefighter smoke-dive試験, n = 19 | 皮膚温・胃内温を実火災環境で連続測定 | 火室終了後も胃内温が39 °C超へ上昇、皮膚温も遅延追従。温度ペアリングで早期警報モデルを作成中 (PMC) | |
Li et al., 2023 ISO-PHSモデル+実験9条件(n = 10) | 7部位皮膚温→直腸温回帰 | 線形 r ≈ 0.73、Poisson係数 ≈ 0.96 | 皮膚温のみでもコアTトレンド推定は統計的に成立 (SSRN) |
3. 研究から見える傾向と限界
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部位依存性
- 額・胸・足背など「外気と遮断されがちな/血流量が多い部位」は相関が高い。
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環境・着衣の影響
- PPE や靴下で覆われると熱放散が制限 → 皮膚温がコアTに近づきやすい。
- 風が当たる露出部(前額など)は運動時に一時的に低下するため補正が要る。
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単独指標としての限界
- 大量発汗時は気化冷却で皮膚温がむしろ下がることがある。
- 室温・湿度・心拍数・運動強度を合わせた 多変量モデル が実用レベルの誤差 (<0.5 °C) を実現。
- しきい値
- 多くの実験で皮膚温 > 35 °C 付近・あるいは皮膚-コアT差 < 3 °C になると「高リスク」警報を設定。
ただし個人差が大きく、連続トレンド+主観症状(めまい・悪心) の組み合わせが推奨。
4. 実務・デバイス開発への示唆
課題 | 具体アクション |
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センサ配置 | 額 or 胸+閉塞部(足背/太腿)など2点以上を取得し平均 or 重み付け回帰 |
アルゴリズム | 皮膚温×心拍×WBGT を入力にした勾配ブースティング/LSTM が現場検証で実用域 |
警報設計 | ①上昇速度 > 0.03 °C/min、②皮膚温>35 °C、③皮膚-心拍複合指数(例 PSI)>6 —— のAND条件2/3で警報など多段階ロジック |
ユーザフィードバック | 主観症状レポートをアプリで簡単入力→トレンド学習に反映し個体差補正 |
法律・安全衛生連携 | 日本の改正安衛法(2025/6/1)で義務化された WBGT記録+体調把握 に組み合わせるとコンプライアンスと労務リスク低減が両立 |
5. まとめ
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研究数は近年急増し、皮膚温と熱中症リスクには「中~強相関」 が確認されつつある。
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単一センサより多変量/機械学習アプローチ が精度・早期警報性能を押し上げている。
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事業化する場合は “部位選定・アルゴリズム・ユーザ症状連携” の三位一体設計が肝要。
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さらなる実地検証(建設現場・屋外スポーツ・農業など多様環境)と大規模データが次の研究課題。