斎藤元章氏のエクサスケールの衝撃を読了、素晴すぎる本。

エクサスケールの衝撃を読んだ、まず、この本は、文句なく素晴らしい。斎藤元章氏の視座の高さ、深い洞察力に感服した。本当に良い本に巡り合えた。彼はエクサスケールコンピューティングを作る会社の社長であり、内に秘めた革命家だなと思った。

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エクサスケール・コンピューティングが実現した暁には、世の中がこんなに良くなるという話が、色々な角度から説明がなされ、どれもそうだとうなづきながら読み進めることができた。著者と同年代なのもあって、育った時代背景が似ているところも親近感が湧く。ただ、時代の先を読むちからでは、わたしでは到底及ばない、尊敬に値すると人物だと感心した。

最近いろいろなところで、バラ色の未来を語る人が増えてきているように感じる。すべてがフリー化する未来がおとずれるという話である。本書も、エネルギーフリーとなり、衣食住も完全にフリー化すると説いている。本当に、生活のために働かなくてもよい時代になるのだろうか。確かに、3世代前位と比較してみると、生きるということ、すべてが簡単に楽になったと思えるし、今後3世代もたつと、著者のいうような世界が訪れるのかもしれない。お金すら、価値がなくなってしまうのだろうか。(本の中で、電子化された紙幣が、その人を見て価値を変えるくだりもある)、資本経済はどうなってしまうだろう。もしそうならば、まさに、新しい価値観に基づいた文化・文明が起きてしまうだろう。

シンギラティが2045年に起きると云われるが、2030年にもその前特異点が訪れるという。もう5年、10年もすると、そうした世界観の片りんが見え隠れしてくるだろう。現時点でも、機械学習のスピードおよび学習エンジンに基づくロボットの作業スピードは、もはや人間ができることを遥かに超えた部分も出てきた。単純な労働作業は置き換わり、データに基づく診断業務も、もはや機械学習による結果のほうが優れた事例もあらわれている。

億単位の大量データを並列計算で瞬時に学習するエンジンが至るところで作動し始めるようになれば、人の実行スピードが、ボトルネックとなるので、ひとを介在させないほうがいいし、ひとがサービスを実行する意義がなくなる。一方で、仕事がなくなることを恐れる話が出るが、全てがフリー化してまえば、働いてその対価を得る必要もなくなる。そして、計算機のなかで、重大な病気が分子レベルで解明され、不老の身体を得られるならば、悪いことはないと思えてくる。

そうなると、これまでの国家・文化・芸術・精神性なども、大きく方向転換していかざるをえない気がする。その転換にたいして、最初は抵抗したり、法律でも守ろうとするだろうが、それもいろいろな比較から、護る意味すら、すぐになくなることに気づかせられるだろうと思う。

人が仕事から解放されたら、私たちは余った時間で、何をするだろうか。そんな時代に生きていることを幸運と思うのか、大きな転換についていけず、苦しむのか、いまの、わたしにはわからない。世界中で、同時多発的に、変革が起こることは容易に想像できるので、とにかく目前に迫ってきているように思う。せいぜい、そうなったとしても驚かないよう、いまから心の準備が必要だと思う。

 


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